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知識と引き換えに失うもの

数年前の事、学校の課題のために血液型をテーマにしたいと、ひとりの女子中学生が訪ねてきました。
とても可愛いA型の女の子。 そして、しっかりと自分と向き合っている、という印象があります。 だって、たったひとりでここへ来るには勇気が必要だったろうから。
その子が、非常に興味深いアンケートをとってくれました。
質問は、「幽霊を信じますか?」 過去に同じ質問を、能見正比古が行ったのですが、その時と結果はほぼ同じ。
(回答) あるはずがない、くだらない!・・・多い順に⇒O、A、B、AB (逆に「ある」と思うのは、AB型、B型の順で多いということ)
補足には、以下のような事柄もあるけれど、いずれも血液型の気質をよく現しているのです。

O型・・・「自分が見れば信じる」
(O型の現実性の強さ・・・見たもの触れたものを信じたいという感覚)

B型・・・「無いとはいえない」 (B型のケジメをつけたくない・・・可能性を残しておこうとする純粋な科学的志向性)

中学生女子が行ってくれたアンケート結果もほぼ同じ結果となり、加えて彼女は小学生にも同じ質問をしてくれました。
その結果が興味深いです。 小学生低学年では、O型が、「信じる!」というのが一番多くなっていたからです。
さて、これはどういうこと?
O型はとても素直。 だから、素直に社会の中に染まりやすいといえます。 そうすることが、生存のためには最も優位だからでもあります。
すると、これまでの科学信仰社会の中では、O型が、幽霊を否定するのは無理も無いかもしれない。 でもそのO型も、子供の頃は、一番信じていて、一番怖がってもいたのです。 知識がまだ無い頃のO型の子は、見えないもの、触れないものも、感じ取ることができたのかもしれない。 幽霊を信じることが良い悪いということを言いたいのでは、もちろんないのです。

知識を得ると、その無防備な感性は遠のく。 そして、いつか失う(忘れ去る)
その失った・・・忘れ去られた部分に、何か大切なものがあるのでは?
と、度々思う事があるからです。


子どもたちを観察するのは興味深いことばかり。 それは、私たちに何かを教えてくれているに違いないからです。

オレンジリボン運動~子供たちが残しているメッセ―ジとは?

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児童虐待防止をめざしたオレンジリボン運動というのがあります。
発端は2004年栃木県の事件だそう。
現在、この運動は年々拡大し、厚生労働省により11月は児童虐待防止推進月間とされたということ。

栃木県小山市の事件をきっかけに、児童虐待にようやく注目が集まったというわけです。
以前には無かったというわけではないだろうし、もしかしたら、以前はもっと多かったかもしれない。
けれど、子どもの数も時代背景も違う30年前、40年前と件数を比較したところであまり意味はないかもしれません。
今、この日本においてその事実があり、それが明るみに出たということに意味があるのでしょう。

幼い子どもの命を守りたいという、ごくあたり前の憂いがあるにしても
日本は、世界の人口増加とは逆行して、減少の一途をたどっている最中です。
現在、子供の数はおよそ1600万人。
社会の集団的意識が存在するのだとすれば、これだけ減少している子供たちを何とか守らなければという危機感を持つのは当然のことです。

虐待を減らすにはどうすれば良いかについて、オレンジリボン運動を始めとする成果は確実に表れている気がする。
そこに関わる人々の懸命さを強く感じるし、その現場に行ってみて、強いパワーも感じ取れたからです。

けれど私があえて問いたいのは、もっと深い原因を探ってもいいのではないかということ。
なぜ今、その事が明るみに出て、なぜ今、その事に注目するようになっているのか?
悲痛な思いで世を去った子供たちは、残された私たちに何を伝えたいのだろう?

虐待を無くして!
虐めを無くして!

ただそれだけではない気がしてならない。
子どもたちからの、日本人、全ての人に対するメッセージのような気がしてならないのです。
テレビで新聞で、そのニュースを聞くと、私たちは始めは悲しむけれど、そのうちに、この社会に対する不安や恐怖のような感情に移行し、むしろその気分だけが残留する。
子どもたちは、そんなことを望んでいるわけではないはず。

マザーテレサの言葉が頭をよぎります。
「この国は、愛が足りないのです」

日本は、このままでいいのですか?
不安だけを抱え、怯えるだけでいいのでしょうか?





血液型のうた「みんななかよし」

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横浜山下公園にて

子ども虐待防止キャンペーン~オレンジリボンたすきリレー~
童謡バンドイチゴパフェと小学生たちのダンス風景











昨日(2015.10.25)横浜山下公園を中心に、神奈川と都内においてオレンジリボンたすきリレーが開催されました。
イチゴパフェさんが参加し、ダンス部の子供たちが血液型のうたを踊ってくれるというので応援に!

10年前、能見俊賢が亡くなるほんの少し前に歌と曲作りが完成し、亡くなった後、天国の先生へのプレゼントにCDを制作したのでした。



イチゴパフェのあっこさんが、ダンスも付けてくれて
今でも子どもたちと一緒に歌って踊ってくれています。

歌の動画
https://www.youtube.com/watch?v=1SH4D1N9Jvc








イチゴパフェの歌とパフォーマンスは最高!
とにかく楽しい!元気が出る!

【研究の道のり①】血液型と気質のパイオニア 古川竹二

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「血液型と性格」について、日本社会では誤解と中傷が多くあります。この研究がこれまでどのように行われてきたのか、どのように社会に浸透、拡散していったのか、出来る限り客観的に、記録に残していく必要があると考えます。 (現在私は研究当事者であるがゆえ、時に感傷的であり個人的な感情も含まれることをご理解下さい。内容の事実を拾って頂ければ幸いです。)
血液型と気質(三省堂)
昭和7年1月30日初版発行
著者:古川竹二

血液型と人の気質について日本で最初に研究をしたのは古川竹二という、教育心理学者(現在の御茶ノ水女子大)でした。
彼が研究に着手したのは、昭和元年頃と思われます。
血液型の発見が1900~1901年ですから、それから20年ほど後のこと。

当初は、数十人の学生を対象に始まり、8年後にこの本を出した時には、数百人~千人前後の調査数で行っています。(古川氏はわずか数十人のデータで分析したと誤解している人もいます。)

研究の道のりが、非常に苦難であったことが本の前書きを読むとよく分かります。
当時も他の学者たちから、さまざまな誹謗中傷があったようです。

(以下は、上記写真の本のまえがき。)

しかし、この本を出版する頃には、古川氏の研究の賛同者も現れました。
当時、血液型と気質の関係について言及する学者は、古川氏以外にもいたようです。古川氏にとって最も強い支持者となってくれたのは、法医学の草分けと言われる、古畑種基氏(東京大学医学部)でした。ABO式血液型の日本全国分布図作成は、古畑氏が中心に行われています。
古川氏にとっては非常に心強い味方がでした。
しかし、その安堵もつかの間、支持していた古畑氏は考えを覆します。

理由は明らかでした。
その頃、古畑氏の法医学に対する功績は非常に大きかったため、周囲からも押し上げられるような形で、学会の頂点へ上り詰めようとする勢いであったのでした。古畑氏にとってはその大事な時期であるがゆえ、「血液型で性格を云々~という、わけの分からない研究を支持するのはどうしたものか」と、周りから忠告を受けることになります。

法医学会全体において、古川氏の研究に対する意見は2つに分かれていました。
ABO式血液型研究を日本で開花させた古畑氏は、その対立を収めねばならない立場に立たされたというわけです。
そして古畑氏は、否定側を選択しました。それは、鶴の一…